夏の陽が傾く頃(写真) / 雑談(Marquis Who's Who その他)


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先日夕方、由比ヶ浜の海の家を撮ったものですが、夏の間に掲載しないと季節が外れていってしまうので、今の内にアップします。


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今朝 Marquis Who's Who というところから、Who's Who in America に掲載がノミネートされたというメールを受け取りました。
研究者などで、こちらからのメールを受け取っている方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。

"Congratulations!" という文面がいかにも怪しいのです。
それで、咄嗟に迷惑メールか悪質な何かなのかと思いましたが、そういえば以前何だったか、北米の哲学者名簿のようなものへの掲載の申し出を受けて、載せて頂いたことがあったのを思い出しました。
もしかしたらその種のものかと思い、Marquis Who's Who が何なのか、ちょっとネットで調べてみました。

それは米国の出版社による著名人の略歴を掲載した年鑑版紳士録で、掲載される側の掲載費用はかからないそうです(Marquis Who's Who - Wikipedia)。
ただし、掲載後に高額の掲載誌や記念品購入の勧誘(強制ではない)があって、それで商売になっているようです。

研究の分野では理系の研究者がノミネートされることが多いようですが、英語の論文が一本でもあるとノミネートされるみたいです。
私の場合は、 Who's Who in the World ではなく Who's Who in America への掲載候補だというので、以前アメリカで出した論文が引っかかったのだと思います。

皆さんがどうされているのかちょっとネット上で見てみたところ、悪い事もなければ、さほど良い事もなさそうで、どうも無視するのが面倒もなくて良さそうです。



海外からメールで受け取った連絡といえば、アレクサンドリアのオリンピオドロスについての学会が、今年の12月14日、15日にオランダのユトレヒト大学(Universiteit Utrecht) で予定されており、今、発表の募集を行なっているそうです。少しはこうしたお知らせを載せていっても良いかもしれませんね。ご関心のある方は、メールを頂ければ詳細をお知らせ致します。


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ところで、以前このブログで書いた「神秘体験の分類 ~ 神秘主義についてⅥ~」に、以下の内容の追記を載せました。

私自身は関心がありませんが、この世の苦しみを乗り越えたいと思ったら、やはり身体的な行をすることが有効だろうと思います。極端に言えば、体力や胆力を鍛えるだけで、この世の苦しみの大半を乗り越えることができるのではないでしょうか。宗教家や心霊主義者の覚醒体験のようなものは、身体の方向に身体を超える種類のものだと思います。哲学的な傾向のある人間が直観に与るのは、思考を通じて知性の方向に知性を超えることによるのです。これは芸術家が、感覚の方向に感覚を超える時に与る直観に、ある意味では近いものではないかと感じます。いずれも超越的世界についての実感や理解をもたらすものではありますが、一言で、直観や神秘体験と言っても、どちらの方向に超越するかにより、生起する体験も異なりますし、その体験が現世的にもたらす結果も、異なってくると思われます。たとえば、ちょうど芸術家の直観が作品として具体化されるように、哲学的な認識という形に具体化される直観もあるということです。それは、反省的思惟へと自己展開するテオリア的で theoretical なもの、つまりそこからセオリーが展開するところの直観です。「思惟の根柢には知的直観なる者の横たわっていることは明である。思惟は一種の体系である、体系の根柢には統一の直覚がなければならぬ。・・・思想の根柢には神秘的或者が潜んでいるのである」(西田幾多郎『善の研究』第四章「知的直観」)。

なお、これは一般論かもしれませんが、宗教や芸術を含む種々の立場を体系化できるものがあるとしたら、それは哲学ではないかと思います。

直観というものについては、実際には他の学問領域においても、そうしたものがあるだろうと思います。一般的に直観というものについての報告がほとんど為されないのは、単に直観内容を自己の専門分野で具体化することしか求められず、直観そのものの本質やプロセスは問題にされないからではないでしょうか。また、直観はしばしば無意識的で、それを正確に認識したり言語化することが、人によっては困難なのだと思います。学問の関係ではありませんが、以前ヴァイオリニストの神尾真由子さんがインタヴューの中で、演奏している時の意識状態を訥々と語っていらしたのは印象的でした。