覚書 / 乗り越えつつある人生の転換期

今日は自分の事を書きます。私は携わっているのが哲学といったものですので、皆様のご参考になるような話ではないかもしれません。本来ならこうした事を書くのは、自分において起こっている事を自分で整理し直すための作業でしかないのですが、ご縁を頂いており、このブログもご覧くださっている幾人かの方への感謝の気持から、こちらに書くことに致しました。実はこの七、八年、長く暗いトンネルの中におり、種々の迷いもありましたが、お蔭様で、ようやく出口の光が見えてきました。

研究上の事もある程度やってきたつもりですが、私にとって大事なのは人生における哲学です。自分の半生を振り返ると、思想上の大きな転換点がいくつかありました。私は存在の問題に真剣に向き合わざるをえなくなったのが比較的早く、七歳の頃でしたので、最初の大きな転換点は十二くらいの時でした。質料-形相論的な視点を発見し、初めて自分なりの存在理解が得られました。しかしそれは間もなく行き詰り、その後は死ぬか生きるかという想いで、ようやくそれが打開できたのが、十七の時に「一者」的なものに辿り着いた時です(その辺りの事と、子供時代の精神的苦難については、「私にとっての根本経験」に書きました)。次に「転換」というものとも違いますが、大学に入ってプロティノスに出会い、それまでの自分の考えを学術的にまとめる手段が得られました。しかしその後、そこを超えるのが至難で、次の転換点はようやく十九年後の三十六歳の時でした。全面的に哲学をやめ、学問から離れたのですが、これは私にとって、一者を否定し、その先に進むという意義をもっていました。私としては、まさに「百尺竿頭一歩を進める」ことができた、という想いでした。その数年後に西田哲学に出会い、そこのところも含めて新たな世界観を学術的に捉え直すことができました。

そうしたことがありましたので、九年前にプロティノスについての単著をまとめるにあたり、単に一者への方向性を示すのではなく、一者を客観化して、存在世界とその認識とが一者から発するメカニズムを明らかにすることができたのではないかと思っています。その後も数年間は、その関連で数本論文を書くことができました。

しかしこの先、これ以上どこに進めばよいのか、本当に行き詰っておりました。手掛かりさえ、全く掴めません。以前のパターンのように、それまでの自分の思想を塗り替える新しい立場を拓いていくということが、どうしてもできそうにないのです。また、以前は寝食を忘れ、寝ても覚めても思考に没頭するという生活の中で、論文の構想を得て書いていく、ということを繰り返していましたが、近年は、どうしてもそこまで深い集中力が湧いてきません。あるいは著書や論文などに対する批判でもくれば、それに対して自説を補強してくというような作業に入るのだと思いますが、あいにくそういったこともありません。岩田靖夫先生のような先生もお亡くなりになって、私に励ましを与えてくださる方も減ってしまいました。そうしたなかで、哲学から気持が離れていくのを止めることができませんでした。それで、哲学に対する関心を取り戻す苦肉の策として、ブログのようなものに文章を書くことにしたのでした。

しかし最近、遠藤周作について調べていて気付きましたが、遠藤が『沈黙』という傑作を発表したのが43歳の時、西田幾多郎が『善の研究』を出版したのが41歳の時、ヘルマン・ヘッセが『デミアン』を刊行したのが42歳の時。他にもいくらでもあると思いますが、どうも40歳前後というのは、思想に形がついてくる時期で、その過程で記念碑的な作品を作り上げることがあるのかもしれません。そして、あとの人生はその流れでやっていくものであって、人はあまり、それを更に根底から覆すような事はしないものかもしれません。そして、人間などというものは、そんなものなのだという気もしてきました。私も人生の後半に向かうわけですが、今後は先に進むことを考えるのではなく、今までに出来てきた自分の思想 ―― それはもう、皆さんから「難しい、難しい」と言われる種類のものになってしまっていますので ―― それを嚙み砕いていく方向というものがあるだろうし、そうしたことをするのも良いのではないか、というような気がしてきました。それはそれで、すぐにできるものではなく、もしかしたら一生の課題になるのかもしれませんが・・・。

また、今まではずっと、何か「する」ことの意義を追求してきましたが、そろそろ「ある」ことの意義を追求してゆくべき時期にきているのだということに、はじめて気が付きました。「する」ことではなく、「ある」ことに落ち着く、と言っても良いかもしれません。

そのようにして、人生の後半に向けて、実感の持てるビジョンが得られたのは大変な救いでしたし、今まで視野に入っていなかったあり方が入ってきたという意味で、逆説的ではありますが、ようやく「先に進めた」という想いも湧いてまいりました。これまでは思想上の転換でしたが、今度は人生上の転換です。そして上手くいけば、それに伴い、思想にも奥行を加えることができるかもしれません。なにしろ「一者」などということを論じているわけですから、それをどのようにしてこの世の現実の身体に結びつけるかということが、十七歳の時以来取り組んできた課題でした。西田哲学に出会って、学問上はそれがほぼ出来たという感はありましたが、もしかしたら本当に<身体化>していける道があるのかもしれません。といっても、これはまだかなり漠然とした予感にすぎません。

私にとっては長い数年間でした。途中一、二年間、口を利くのも辛い時期がありました。暗中模索の中、私にとっても思わぬ実りのある仕事を与えてくださった方々、私の気持を哲学へと引き戻してくださった方々、そして私がどう「ある」べきかというビジョンを示唆してくださる方との出会いがありました。この場を借りて、感謝申し上げます。


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Composition Ⅲ(写真)& Prokofiev: Toccata in d minor, Op. 11


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        今日は、夫の写真です。
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具体的なものを絶対視する危険 ~ 西洋神秘主義的「一者」の示唆するもの

 良妻賢母型の女性はそれ自身では立派ですが、ともすれば一つの過ちをおかすことがある。
 正しいことと悪いこと、得なことと損なことをハッキリ区別する彼女たち――家庭や自らの人生(夫や子供)をみごとに秩序だて整理する立派な能力をもった女性たちはしかし自分の人生にとって不可解なものを嫌い軽蔑し、拒絶する傾きがあるのです。自分が正しい立派な女性である(少なくともそうなるべきという)気持から、罪の泥沼に陥った人を軽蔑し、拒絶する心が生れてきます。
 ぼくの知っているある夫人は夫を出世させる良妻であり、子供にたいしても賢い母親でしたがやはりこの心理的危機から逃れることはできなかった。彼女は自分に似た世界に住む人は理解できても、それ以外の世界で苦しむ人のことはわからなかった。この夫人がある日、恋人と共に心中をした妻子ある男の話を耳にして、呟いた言葉をぼくは今でもはっきり憶えています。
 「その人、莫迦ばかじゃない」
 その人、莫迦じゃない――この言葉の背後には彼女が女と共に自殺した男の人生の哀しみを冷酷につき放す気持がにじみでています。なるほど自殺したのは間ちがっていたかもしれなかった。だがその男を自殺まで持っていった人生の苦しみや歎きをこの夫人は真実、考えてやろうとはしなかったのでした。(遠藤周作『聖書のなかの女性たち』より)



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前回の記事で、必要以上に長い間、特定のものを絶対視し続けていると、成長も止まり続けてしまうということに、少しだけ触れました。場合によっては、何かを必ず達成できるように努力するためには、一時それを絶対視するのも良いことかと思いますが、何かを絶対視するというのは、それ以外のものを切り捨てるということでもあります。特に、要領良く何かをやろうと思えば、それだけたくさん、切り捨ててしまうものもあると思います。しかし、自分のささやかな目的のために必要がないという理由で切り捨てているものの中に、人生という大きな目で見て尊い価値があるものが、どれだけあるか分からないのです。それなのに切り捨てて、自分が分かるもの以外は見る必要もないと確信し、どんどん自分の視野を狭くしながら、狭い世界観で凝り固まっていくと、自分と価値観の異なる他人に対して冷酷になるだけでなく、やがては自分自身の精神も停滞し、行き詰っていくと思います。

特に気を付けていないと狭く凝り固まりやすいのが、社会的に「善」や「正」とされている価値観、自分や自分の家族の快適さという比較的小さな範囲での功利性(これが、上で遠藤周作が指摘しているケースですが、とりわけ大した問題のない家庭の場合)、宗教やスピリチュアリズムの信念、政治的イデオロギーといったものです。無条件に絶対視しやすいものほど、思考力を奪うところがあり、単純に絶対視し続けてしまっていると、少し考えてみれば簡単に間違いだと分かることでも、考えることができなくなってしまいます。

長い間何かを絶対視していた時ほど、その外の価値観に気付いた時には、劇的で飛躍的な変化が生じます。脱我や神秘体験などということを言わなくても構造は一緒で、時に人間に必要な事なのです。

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西洋神秘主義的な一者はいかなる規定ももたず、言語や思考を絶しています。これが示唆しているのは、私たちが「善」や「正」、あるいは「神」として思い描くものは、どれも究極的な「絶対」ではないということです。

「真理は一つだ」という考えも、人を誤った方向に導く可能性があると思います。つまり、「これだけが真理で、他は間違っている」という考えを抱かせかねないということです。実際のところ、真理が一つだとは言うべきでないと思います。というのは、いわゆる「真理」というものが成り立つのは、言語や思考が成立している次元で、一者(つまり、真の「一」)があり得るのは、それらを超えた次元だからです。そこで、真理を示した言説は、どれも「究極的一者」についての、何かしら不正確な伝達にすぎず、伝えようとする相手に応じた多様な表現でしかないのです。


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Composition Ⅱ(写真)& John Cage: Sonata IV


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        John Cage: Sonatas and Interludes より、 Sonata IV。


        無音の“今、此処”から、音が湧いてくる感覚 ――。
        そして、心の中に常に留まっている“今、此処”の感覚。



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西洋神秘主義における自己放下(脱我、脱自) ~ 東洋的諦念との違い ~

西洋神秘主義で言う「自己放下」(「脱我」や「脱自」と言っても良いですが)は、多くの日本人がイメージするものと違うかもしれません。この問題に関して、若き遠藤周作が西洋の一神教的精神と日本の汎神論的精神との違いについて指摘した事が、大変参考になると思います。つまり、人間と絶対者との間に断絶的な隔たりがあるとみるか、無いとみるかという違いです。

一神性に於ては全(或いは神と言ってもよい)と個(或いは人間と呼んでもよい)とは互いに対立し、その両者の体質は全く同一ではない。これに対し汎神性では全(或いは自然)は個(或いは人間)の延長もしくは全体でありこの両者の間には何等の本質的な差もないのである(たとえば、「山川草木悉皆成仏」といった世界観 ― 引用者注)。それ故に人間は自然に対していかなる闘争、いかなる距離感も経ずにただちに自然に、或いは神々に、宇宙にとけこむ事ができるのであった。これを西欧の一神性と比較してみるがいい。少なくとも西欧にあっては「存在の秩序」というきびしい法則に従って、人間は天使からも神からも厳然として区別された。人間がこれら神、天使に対し鮮血淋漓たる戦いを挑まずにはいられなかった理由がまさにそこにあるのである。神に対し、反逆するにせよ従うにせよ、人間は神に対する差別感、劣等感を痛烈に意識せねばいられなかった。だがこちらにあってはすべてはおのずとなめらかにやさしく迎えられた。人間は宇宙とその法則とにただちに従うことが出来るであろう。(「誕生日の夜の回想」, 「三田文学」1950年6月号に発表, 『遠藤周作文学全集12』 107頁)



そして遠藤は、汎神論(パンテイスム)の精神における二つの性格を指摘しています。

第一にそれは一切の能動的姿勢(アクティビテ)を失っている。第二に吸いこまれる事(サブソルベ)が唯一つのあこがれである事 ―― この二つである。(同書, 106頁)


絶対者と人間との間に断絶のない汎神論的な世界観においては、「個」である人間は、「全」である自然や宇宙に敢えて逆らわなければ、そこに吸いこまれるように一体化できてしまいます。(注: 遠藤はこうした日本的感覚を、西洋一神教的な神を必要としないものとして、「おぞむべき不気味な力」とも表現しています。『沈黙』の中で、日本はキリスト教という苗の根付かない沼地だとする見方が示されていますが、それはこの事を言っています。)更に遠藤によれば、日本人にとっては死もまた汎神論的、東洋的な「諦念の世界」です。

私はまた多くの日本文学者や知識人がその人生の終りに、東洋的な諦めの世界、つまり汎神論の世界にはいっていく事実を考えました。この東洋的な諦念の世界こそはおそらく日本人のだれもが心の中に郷愁としてもっているものですが、これこそ基督教とはもっとも相反したものなのです。それは神の代りに大きな自然や、宇宙にそのまま吸いこまれていきたいという感覚です。(「私とキリスト教」, 『宗教と文学』南北社,1963年に発表, 『遠藤周作文学全集12』307頁)


そして、キリスト教においては人間は死後に神の裁きを受けなければならないのに対し、神をもたない友人たちが「裁きのない世界、眠りだけの世界にはいれたことを羨ましく思い、その世界に郷愁さえ感じたのです」(同書, 308頁)と書いています。


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更に、同じ汎神論であっても、東洋と西洋とでは異なっています。遠藤の次の指摘は考察に値します。

東洋汎神論は例えばウパニシャッドの伝統公式に見られる如く、魂(アートマン)は直接梵(ブラフマン)であるに対し西洋汎神論は、新プラトン派の流れを引いて絶対者への結合の段階を設定する。(「神々と神と」1947年12月, 『遠藤周作文学全集12』15頁)


[…] 東洋の汎神的世界では、宇宙のさまざまの存在の間に、このような存在の段階(小鳥の世界、人間の世界、天使の世界といった段階 ― 引用者注)、超ゆべからざる隔たりはありません。哲学的な言葉を弄するならば、全(自然とか、神々とか)は個(人間)の集合や延長であり、個は全の一部分であります。したがって個は全に、如何なるたたかいもなさずに、如何なる抵抗も行わずに、合致することが出来るのです。(「神々と神と」『カトリック作家の問題』第二章, 1954年7月, 『遠藤周作文学全集12』22-23頁)



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西洋神秘主義で言う「自己放下」(脱我、脱自)というのは、上で遠藤が問題にしているような「東洋的諦念」とは、大分異なると思います。それは何の執らわれもない心地良い空間に身を委ねようとすることではありません。それでは心地良さを求めている自分が残ってしまうと考えられます。また、作為を棄てて自然の道理に従うというようなことでもありません。

たとえば絶対者との一体化を説くプロティノスの世界観においても、物質、魂、叡智、一者といった存在の段階があり、その段階を一段上がるためには飛躍が必要になります。それには、下位の段階において自己を規定していたものを棄て去らなくてはなりません。しかし、そうしたものは、従来の自分を成り立たせているものですので、それを棄てるのは大概、非常に苦しいことで、場合によっては死ぬような思いをすることなのです。具体的に言えば、たとえばこの世の幸福であるとか、人生上の目標や満足であるとか、神への信仰であるとか、そういったものをもはや顧みずに、辛くてもその先に進む決意をするような事だと言えば良いかもしれません。あるいは、たとえば自分が絶対視しているようなものが何かあって、必要以上に長い間そこから離れられないような状態になっていると、どうしても精神の成長もそこで止まり続けてしまいますから、そこを突破していくようなことが、そうなのです(これは、神秘主義でなくても時に必要なことです)。そこで、西洋神秘主義における「自己放下」というのは、それ自体が激烈で飛躍的な体験です。(遠藤周作の『沈黙』で描かれていた神との出会いは、「神秘的合一」ではありませんが、西洋神秘主義で言う「自己放下」というのは、あの小説の中で主人公の身に起こった事が、その良い例になっていると思います。つまり、自分が何よりも尊いと思っていたものに足を掛ける時に、それまでの自分も一緒に投げ出されるというような、徹底した自己否定を伴う飛躍的体験がそれなのです。ただし、『沈黙』についての解説でも書きましたが、何をどのようなタイミングで棄てるのが「自己放下」になるのかということは、人によっても時期によっても異なりますし、何か悟りのようなものを得ようという目的があってそれをしようとしても、取り引きになってしまって自己放下にならないという難しい問題があります。また、他人から見ると、明らかにもはや離れた方が良いものがある場合でも、それを他人から指摘されても駄目で、自分の中から自己否定として起こってこなくてはならないという難点があります。)そして、このような自己放下を行うには、「まさに今、自分はこれを棄てるべきだ」ということが分かるだけの理知や思考力が必要だと思います。「まさに今、これを棄てるべきだ」というのは、言い換えれば、判断に直面して「これではない」ということが分かるということです。


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南泉禅師は「平常心是道」と言い、西田幾多郎も「平常底」ということを言いますが、そうした宗教的境地といわゆる「神秘的合一」というものも違っています。「神秘的合一」は、上で述べたような強い決意を伴う劇的な自己放下により突然起こる一時的で非日常的な体験です。つまり、劇的な自己放下は劇的な神秘体験に結び付きますし、日常の心持は日常的な心境に結び付くのでしょう。そして、日常的な心境というのは、非常に大事なものです。

今回は、遠藤周作による東洋の汎神論的感覚に対する批判を取り上げましたので、「東洋的諦念」については大分ネガティブなイメージになってしまいました。東洋的な宗教の行も、修行者が行うレベルでは激烈さを伴う厳しいものがたくさんあると思います。


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宗教体験というのは身体も理知も超えたものですが、そこにアプローチする仕方としては、宗教の行のように身体の方向に身体を超える仕方と、西洋神秘主義における自己放下のように理知の方向に理知を超える仕方とあるのではないかと私は思います。そして前回も書きましたように(「無底」からの思索を開く「脱我的体験」 ~ 岡村康夫著『シェリング哲学の躓き』を読んで ~)、理知の方向に理知を超えた体験は、その自覚において理知的・言語的表出へと展開する性質を持っているということになります。これはこれで追求すべき価値のあることだと私は信じておりますが、いわゆる「悟り」や「解脱」は、身体の方向に身体を超える行によってもたらされるものなのだろうと思います。


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