無題Ⅴ(写真) & Arvo Pärt: Spiegel im Spiegel


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愛とは捨てぬこと / 「簡単に棄てない」という事が保守の精神

 愛の第一原則は「捨てぬこと」です。人生が愉快で楽しいなら、人生に愛はいりません。人生が辛くみにくいからこそ、人生を捨てずにこれを生きようとするのが人生への愛です。だから自殺は愛の欠如だと言えます。
 男女観の愛でも同じです。相手への美化が消え、情熱がうせた状態で、しかも相手を「捨てぬ」ことが愛のはじまりです。相手の美点だけでなく、欠点やイヤな面をふくめて本当の姿を見きわめ、しかもその本当の彼を捨てぬのが愛のはじまりです。
 恋なんて誰でもできるもの、愛こそ創りだすもの、と憶えておいてください。(遠藤周作『生き上手 死に上手』より)


遠藤周作は、キリスト教に違和感を抱きながらも一生その信仰を棄てなかった人ですから、この人が言うと説得力があります。何事に対する愛も、同じです。

 カトリシズムはよく保守反動の権化のように若い人から言われる。そして私は同じカトリックとして、このやや現代では侮蔑的な意味をもった保守という言葉を或る意味では悦んで受けたいと思う。なぜなら保守とは、自分に与えられたものを、たとえそれが自分にとっては苦しいものでも決して捨てずに守りつづけることだからだ。周知のようにカトリックでは自殺を禁じている。
 私の考えではそれは現実や人生が苦しくても最後まで捨てるなということだと思う。カトリックでは特別な場合を除いて夫婦の離婚に賛成しない。私の考えではそれは男女にとって大事なことは相手をどう選んだかなどということではなく、一度自分の人生に加わってきたものを死ぬまでアダやオロソカには捨てるなということだと思う。(遠藤周作『ほんとうの私を求めて』より)


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利権を守るための「保守」は論外ですが(その意味での保守主義者は、「リベラル」と言われている人たちの中にも大勢いるわけですが)、本来の意味での保守主義というものについて。

簡単に棄てないということ、これが保守主義や伝統主義の精神であると思います。
「伝統」とは、一人の人の思い付きではなく、大勢の人たちの理知を尽くして、なお残ってきたものだと言うことができます。
学問や宗教にしても、膨大な数の人たちが正統か異端かというぎりぎりのところで、時には命がけの葛藤や攻防を繰り返してきたものが、「伝統」です。
「伝統主義」とか「保守」と言うのは、そうして残ったものを十分考慮することなく(少なくとも、それが果たしてきた意義を理解することなく)簡単に棄てるような事をしない、ということだと思います。
長い歴史の中で多くの人々に大事にされてきたものを、目先の合理性で棄て去ったり、損ねたりしてしまって問題ないと考える人は、自分がよほど頭が良いと思っているのではないでしょうか。



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都会の休日Ⅲ(写真)


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「内向 - 感覚 - 写真」のカテゴリに入れましたが、この写真は「外向的感覚」寄りのものです。

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先日、HP 「神秘主義哲学手稿」 を更新しました。

これまでずっと、テンプレートが殺風景だったのをそのままにしていたのですが、色や画像など、少し自分でデザインしてみました。
でも色は、モニターによっては、私が意図した色と違ったものに見えるようです。


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反-断捨離

 年をとるにしたがい、私は人間の奥行きやふしぎさを、たんにそれが合理主義的でない、客観性に欠けているという理由だけで、思考から排除してしまう今風の考え方が次第に嫌になってきた。
 私の愛用した品々に――たとえば私の文房具、眼鏡、原稿用紙に――それにたいする私の愛着や思いがいつまでもしみこんでいると思ったほうが、生きているうえでどんなに深味があるかわからない。
 愛していた死者が使っていた物品にも彼等の執着や人生の一片がしみついていると思ったほうが、それを冷たく拒絶する合理主義よりも、どんなに暖か味があるか、わからない。
 私は尊敬する作家や詩人の草稿を幾つか持っている。改めてその草稿を見ると、そこには彼等のただならぬ苦心や魂の投影がいまだに息づいていると思うようになった。

(遠藤周作『心の航海図』より)



「断捨離」というものを無条件に肯定できるかというと、私はあまりできません。「断捨離」というのは、身軽になって快適に暮らせるように行われるものなのでしょう。しかし、物と一緒に、そこに沁み込んでいる人の気持を捨てていくことに、私は何か寒々とした感覚を覚えます。自分にとって煩わしいものを全て捨てて、身軽に快適に暮らせるようになる頃には、やせ細った冷たい精神しか残っていないのではないでしょうか。ともかくもそれが、自分の快適さを目指して行われるかぎりは。

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14年前に頂いたカスピ海ヨーグルトを、私は今も家で繰り返し作り続けて、頂いています。知人が家森幸男先生から頂いて、分けて下さった元祖カスピ海ヨーグルトです。私は、断捨離よりも、ものを大切にするという方が好きです。

そして、物に対する態度は、そのまま人に対する態度でもあるだろうと思います。


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都会の休日Ⅱ(写真)


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